「関ヶ原の戦い」に敗れ出家した広瀬兵庫助は、「本能寺の変」直後に活躍した武将!!

広瀬兵庫助からのメッセージを伝承する「広瀬兵庫助伝」です。ブログの記事・画像の無断転載を禁止します。

【広瀬兵庫助の先祖・広瀬加賀守康述】  

【広瀬兵庫助の先祖・広瀬加賀守康述】  

 

 兵庫助の先祖は、広瀬加賀守康述で鎌倉時代初期から代々続く美濃国広瀬郷(岐阜県揖斐郡揖斐川町)の地方豪族の家柄です。

 清和源氏の末裔と伝えられています。

兵庫助の先祖・広瀬康述は、鎌倉時代初期の1200年に美濃国広瀬郷広瀬村の領地を支配する地位(地頭)が与えられました。 

 広瀬兵庫助は、この美濃国広瀬郷広瀬村の出身です。   広瀬兵庫助の先祖・広瀬加賀守康述は、1200年(鎌倉時代の初期)に大和国広瀬郷(奈良県北葛城郡河合町)から美濃国(岐阜県揖斐郡揖斐川町)へ領地を移され、地頭となりました。当時は、険しい山を越えた山奥にある土地でした。

    1390年11月、広瀬康述の子孫・宗勝は美濃国小島合戦の功績で当時の将軍・足利義満から感状を拝受しました。

宗勝は飛騨国瓜巣(岐阜県高山市)を拝領し、この領地を支配する地位を授かりました。美濃国の広瀬一族は飛騨国広瀬郷に分家ができました。

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